日常

飯田町灯籠山祭りに参加①〜そこに住んでいる者として見えるもの〜

 

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毎年7月20日は21日珠洲市飯田町の灯籠山祭り。

祭り当日は豪華な山車を引っ張り、

橋に並んだところで打ち上げ花火も上る華やかな祭りだ。

 

だがしかし!

 

当事者として参加すると、それはほんの一部の側面でしかないことに気付く。

そこに住んでいる者にしか見ることが出来ない祭りの裏側を、

 

移住して参加した者として伝えたい。

そして飯田の祭りの魅力を考察したいと思う。

 

 

「初期情報」

 

珠洲市のお祭りは各地区で開催され、さらにその地区の区分もかなり細かく分かれているので、

全部で約50以上の祭りが行われているとのこと。(正確な数字はわからない)

 

その中でも飯田の祭りは7月に行われる灯籠山祭りと、8月に行われるキリコ祭りがある。

飯田町のなかでもさらに8つの町内(今町、栄町、南町、南濱町、鍛冶町、吾妻町、港町、大町)

に分かれていてそれぞれに灯籠山祭りの際に引いている山車とキリコがあり、

写真では9つあるのは、体験用の山車がひとつ用意されているので9つある。

 

自分たちは吾妻町に在籍している。

 

吾妻町は飯田の中でも唯一の漁師町なので、若い人が多く、活気がすごいらしい。(他の地区の雰囲気はしらないが、確かに元気)

 

ここからの話しは吾妻町での祭りの過ごし方なので、すべての町内がそうであるという訳ではないのでご注意を。

 

 

お祭りの準備

 

 

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集会所での準備の様子

 

 

準備はその年の4月頃から始まる。

 

各町内に集会所があり、そこで作業をしている。

 

 

この集会所という文化がおもしろい。

 

 

町内の人が無料で使える平屋で、結構広い。

主に祭りの準備の道具や、BBQ用の道具が置いてあり、

祭りの時期になると昼夜問わずそこで作業しているのだ。

 

祭りの準備は、人形作りから始まり、山車の装飾、子供たちの踊り場の整備、協賛金をもらった人の行灯制作、設置など

かなりの時間を有する作業ばかり。

 

仕事が終わると集会場に集まり、毎日夜中の12時近くまで作業している。

話すこともなくなって来るとディープな話しばかりになって来る。(ここでは話せないようなことばかり)

 

こうやって行われるコミュニケーションが、町内の存続を成り立たせているというわけなのだと、

肌で感じた。

 

 

 

「開催前のBBQ」

 

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準備が終わり、いよいよ祭り本番が近づくと

集会場の前でBBQが開催される。(正確には、その2週間前の準備が佳境を迎えた際にもやる)

 

山車に光をつけ、太鼓を叩き、笛をならして歌いながら酒を飲む

 

素晴らしい空間だった。

 

 

移住してすぐの頃に「珠洲の人は祭りのために生きてる」と聞いていたが、本当にその通りなのだと思った。

 

大変な準備の後に、光悦した表情で山車を見ながらお酒を飲む姿に、

その強い思いを感じた。

 

 

「本番、祭り全行程とその裏側」

 

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本番当日は、朝9時から始まる。

 

子供たちの踊り場にたどり着くと、踊りのお披露目が始まる。町内の子供たちの自己紹介が行われ、ここで子供達の成長をみんなで見守る意図があるそうだ。

 

 

 

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アイスを食べたりしながら午前中は結構のんびり進む。

 

ちなみに山車の中は人が3・4人入れるほど広く、クーラーボックスが3台あってビールや酎ハイ、日本酒が大量に積まれている。

 

日本酒は当日の二日間や打ち上げを含め一升瓶50本ほど無くなるらしい。。。

 

 

お昼ごろになるとビールが回ってくる。

 

「一升瓶を持ってお酒を勧めてこい」と促され、綱を引く人たちにお酒を進める。

基本的に20代の若い衆がそういった事をこなしたり、

ゴミをまとめたりする。けっこう強めの縦社会だった。

 

夜になってもお酒を飲んでは山車を引き続ける。途中のご飯は若い衆がおにぎりやたこ焼きなどを買ってきて配り歩く。

 

 

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一日目の夜8時ころにすべての山車が橋に集まり、花火が打ち上がる。

観光客には、ここで祭りが終わると思われがちだが、

 

 

この花火はほんの一息つくための休憩に過ぎないのだ。

 

 

ここからがそこに住んでいる者たちの本番だ。

 

②へ続く

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