日常

オトワキさんという人間 ~自分が重要だと思っていたことは、ここではさほど重要ではない~

 

ここで書いたオトワキさんという人間を紹介します。

 

 

「オトワキさん」

 

彼から僕たちの珠洲生活は始まった。

移住して最初に行った居酒屋「ろばた焼き あさ井」さんで出会い、意気投合。

一軒家を購入して移住してきた自分たちが面白かったのか

 

 

「飯田町での飲み方を教えてやる」

 

 

と言われ、そのまま2次会に連れて行ってもらった。

もちろん、そこで初めて会った。

 

 

そんなことは彼にとって重要ではない。

 

 

珠洲に来た。それだけでもう友達なのだ。

 

 

すこし肌寒い季節であったが、半袖にジーパン、ゲタを履いていた。

小さな街の静かな通りで、大きなゲタの音を響かせて案内してくれた。

年齢はおそらく60代で、白髪混じりの坊主がなんとも渋い。

 

2次会は「しーほうす」というスナックで。

オトワキさんが作ったという梅酒を飲みながら話した。

珠洲の高齢の方は方言がかなり強く、お酒が入るとかなりのリスニング能力が必要になるが、

スナックのママが通訳に入ることでかなりスムーズに会話ができる。

 

 

田舎に移住をするなら一家に一台ママが必要だ。

 

 

だが、ママもそんなに暇ではない。

ママがいなくなるとほとんど聞き取れないが、

 

 

そんなことは重要ではない。

歌を歌いながら、酒を飲み、笑い合う。

会話の内容はさほど重要ではないのだ。

 

 

 

歌っていたカラオケも、酔いのせいかかなりリズムが遅れていた。

 

 

 

だがオトワキさんにとって、そんなことは重要ではない。

とても気持ち良さそうに歌っていた。

しゃがれた歌声が心地よい。

 

 

カラオケボックスに慣れ親しんだ自分たちにとって、別の世界にいるような感覚だった。

ひとしきりスナックを堪能して、次は蕎麦屋さんに連れて行ってもらった。

 

 

餃子が美味しい蕎麦屋「やぶ椿」。

珠洲での飲み会は2次会はスナックでカラオケ、最後は「やぶ椿」で〆るのが定番らしい。

お互い結構酔いが回ってきて、

どんな会話をしていたが覚えていない(そもそもあまり聞き取れていない)が、

 

どうやらオトワキさんは、

飯田の灯籠山祭りが街の電線などの影響で一度途絶えた時に、

なんとか復活させようと実行委員会のようなものを編成したり、

青森のねぶたの人形作りを学んだりと奔走していたらしい。

 

祭りが復活した時は大変感動したそう。

 

実は、そんな重要な歴史の一部を担っていた人だったのだ。

 

こんな風に、普通に過ごしている市民の1人が、街の重要な歴史を担っていたりする

すごい町だ。

 

「ヨバレにおいで」と言われ、解散した。

 

 

「次の日」

 

 

次の日、スーパーでオトワキさんに会った。

相変わらずゲタの音を響かせていた。

 

「こんにちは!昨日はありがとうございます。」

 

というと。

 

 

「お〜〜〜〜〜、、お?」

 

 

 

 

完全に自分のことを忘れていた。笑

 

 

「昨日飲みに連れて行ってくれたじゃないですか〜」

と言っても、

 

思い出したような思い出していないような微妙なリアクションだった。

 

 

 

一晩だけ抱かれた女の気分だった。笑

 

 

 

「じゃあ、また飲も〜な〜。」

 

と言われ、その場は別れた。

やはり、オトワキさんにとって、誰と飲んだかはさほど重要ではないのだ。

 

 

その次の日、

お家にヨバレの招待状が届いてた。

オトワキさん直筆の招待状だった。

 

自分の名前は書いていなかった。

 

住所も書いてないし、お家の場所は大体しか伝えていないので

おそらく近所を聞いて回って探し当ててくれたのだと思う。

 

 

 

なんとなく、オトワキさんが重要だと思っていることがわかった気がした。

 

 

 

おわり

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